読み物 ── 作り方編
SlackをAIの職場にする
AI担当者を置く前に、Slackをどう用意するか
この記事は2本セットの後編です 先に〈考え方編〉AIエージェントから「報告を受ける場所」を作る を読むと、なぜこの準備が要るのかが分かります。 すでに読んだ方、とにかく作り方だけ知りたい方は、このまま進んで大丈夫です。
AIエージェントを作るとき、多くの人がつまずくのは「AIの賢さ」ではありません。
AIが働く職場が用意できていないことです。
人を1人雇うときのことを思い出してください。机を置き、席を決め、名札を付け、業務マニュアルを渡し、 「これは勝手にやらないで、必ず私に聞いてください」と伝えます。AIエージェントも同じです。 この準備をしないまま賢いAIだけを用意すると、何を聞いても一般論を返す、便利ではあるが同僚ではない、という状態で止まります。
このページは、その準備をSlackの上でどう組み立てるかを、順番どおりに書いたものです。 当社で実際にAI担当者12名を動かしている構成を、あとから7つの分野・45項目に整理し直しました。 プログラミングの知識は前提にしていません。
このページの問い
Slackに何をどの順で用意すれば、AIが「同僚」として働きはじめるのか。
答えを先に言うと、用意するものは「部屋」「人」「ルール」の3つだけです。 Slackの操作そのものは、慣れれば半日で終わります。時間がかかるのは、 その部屋に置く紙に、何を書くかを決めるほうです。
なぜSlackなのか
AIに仕事をさせるだけなら、チャット画面に直接打ち込めば済みます。 それでもSlackを職場にするのには、3つの理由があります。
- 名指しで呼べる。「@受注担当」と書けば、その担当だけが出てきます。 誰に頼んだのかが、頼んだ側にも分かります。
- やりとりが残る。いつ何を頼み、どう返ってきたかが全部残ります。 あとで「言った・言わない」にならず、そのままAIの教材にもなります。
- 人とAIが同じ場所にいる。スタッフがAIの報告を読み、AIが人の依頼を読む。 別々のツールに分かれていると、この行き来が起きません。
Slackでなければならない、という話ではありません。Chatworkでも、Teamsでも、 「名指しで呼べて」「記録が残って」「人と同じ場所」なら同じことができます。 ここではSlackを例に説明します。
用意するものは、この3つだけ
この3つを、次の7つのステップで順番に組み立てていきます。 1から4までできれば、もう「AIが同僚として働いている」状態になります。 5から7は、それを事故なく、人が見ていなくても回すための部分です。
1チャンネルを「仕事の単位」で作る
いちばん最初にやるのは、Slackにチャンネル(部屋)を作ることです。 ここで大事なのは、部屋の分け方を「仕事の種類」にそろえることです。 「AI部屋」を1つ作ってそこで何でも頼む、という形にすると、必ず行き詰まります。
当社では、次のように分けています。自社の業務に置き換えて考えてみてください。
やること
- いまスタッフが持っている業務を紙に書き出し、7〜12くらいのかたまりに分ける
- そのかたまりごとにチャンネルを1つ作る(名前の頭を
ai-でそろえると探しやすい) - 「この部屋=この担当」を1対1にする。1つの部屋に2人置かない
- お客様の個人情報や給与を扱う部屋は、参加者を絞る。あとから絞るのは大変です
やらないとこうなる
「AI部屋」を1つだけ作った場合、頼むたびに前提から説明し直すことになります。 AIの側も、自分がどこまでやってよい担当なのかが分からないので、 聞かれていないことまで手を出したり、逆に何もせず一般論を返したりします。
2AI担当に「名前と顔」をつける
次に、それぞれの部屋に出てくるAIに、人としての名前とアイコンを付けます。 これは飾りではありません。投稿を見た瞬間に「誰が言っているか」が分かることが、 人が読む気になるかどうかを決めます。
当社では、AI担当者に人名を付けて、アイコンも一人ずつ変えています。 スタッフは「受注のあの子が言っている」という感覚で読んでいます。 名前は覚えやすければ何でも構いませんが、実在の取引先や社員と混同しない名前にしてください。
やること
- 担当ごとに、名前・アイコン・一行の自己紹介を決める
- Slackへの投稿は、その担当の名前と顔で出るようにする
- 担当の設定に「これは自分の仕事ではない」を必ず書く(例:受注担当は広告に触らない)
- 担当の入れ物を全員同じ形にそろえる。当社は「人物設定・マニュアル・学習ノート」の3点セット
やらないとこうなる
全部が同じ「bot」という名前で投稿されると、スタッフは中身を読まなくなります。 また「担当外」を書いていないと、頼まれてもいない領域までAIが手を出します。 当社では、担当を増やしたときに既存9名の同僚一覧を更新し忘れ、 3週間ほど新人が誰からも認識されていなかったことがありました。
3「呼ばれたら動く」をつくる
ここが、便利なチャットとAI担当者の分かれ目です。 Slackで @担当名 と書いて話しかけたら、それがそのまま仕事の受付になる状態にします。
逆にいうと、人がSlackを見て、その内容をAIの画面にコピーして貼り、 返ってきた答えをまたSlackに貼り直している間は、まだ自動化されていません。 それは「AIを使っている」であって、「AIが働いている」ではないからです。
この仕組みは、社内のシステム担当や、外部の開発者に作ってもらう部分になります。 非エンジニアの方が押さえておくべきなのは、発注のときに次の4つを条件として伝えることです。
つくるときの条件(この4つを伝える)
- 1つのメンション=1つの仕事。同じ発言を二度拾って二重に実行しない
- 自分あてでない発言は拾わない。人あての相談に割り込ませない
- 止まっていた間の発言も、あとから拾える(パソコンを閉じていた時間の依頼が消えない)
- いきなり実行しない。まず「こうします」と案を出し、承認をもらってから実行する
やらないとこうなる
当社では最初、「これは自分あての依頼か」の判断をAIに任せていました。 その結果、人あての相談を拾えずに取りこぼしたり、逆に関係ない発言に反応したりしました。 いまは「botの名前が入っているかどうか」という機械的な判定に変え、 人あてだけの発言は「無視した」という記録だけ残すようにしています。 判断がぶれてはいけないところは、AIに考えさせないほうが安定します。
4担当に読ませる「3つの紙」をつくる
ここが一番時間がかかり、そして一番効くところです。 AIの出来を決めるのは、モデルの新しさではなく、この紙の中身です。
1会社の前提(全担当が読む)
何を売っている会社か。何を大事にしているか。やってはいけないこと。お客様はどんな人か。 繁忙期はいつか。社内でしか通じない言葉の意味。——スタッフなら誰でも知っているが、 どこにも書いていないことを、全部ここに書き出します。
当社ではこれが19ファイルあります。多いように見えますが、 1つ1つは「経営の考え方」「文章の書き方」「デザインの判断基準」といった単位で、 最初から全部は要りません。まずは会社紹介・大事にしていること・禁止事項の3枚から始めてください。
2担当のマニュアル(その担当だけが読む)
その担当の仕事の手順です。ポイントは、最初から完成させようとしないこと。 Slackで「今後はこうして」と言った内容が、そのままここに書き足されていく形にします。 使いながら育つので、3か月も回せば実用的なマニュアルになります。
ただし、ここに書き込める人は限るべきです。当社では、恒久的なルールとして書けるのは 経営者と、その担当の上司だけにしています。誰でも書けると、 一度だけの例外がルールとして残ってしまいます。
3学習ノート(その担当が自分で書く)
「この作業はこうすると失敗する」「この数字はここを見ればいい」といった気づきを、 担当自身が書き足していく場所です。消さない・足すだけを鉄則にします。
注意点が1つあります。ノートは放っておくと際限なく太り、 ある日から、AIが最後まで読まなくなります。しかも黙って読まなくなるので気づけません。 古い分を別ファイルへ移す仕組みを、最初から一緒に用意してください。
3つとも、特別なシステムは要りません。テキストファイル(.md)で十分です。 大事なのは置き場所を決めて、担当が起動するたびに必ず読む順番まで決めておくことです。 当社は「会社の前提 → 経営の考え方 → 禁止事項 → 担当の設定 → マニュアル → ノート」の順で読ませています。
5報告の書き方を決める
AIに任せると、報告がやたら長くなります。作業の経過を全部書き、 専門用語が並び、最後まで読まないと結論が分からない。これでは誰も読みません。 読まれない報告は、していないのと同じです。
そこで、報告の型を先に決めて、全担当に守らせます。当社のルールはこうです。
- 結論から書く。終わったのか、終わっていないのか、判断してほしいのか。
- 本文は5行以内。詳しい話は聞かれてから出す。
- 非エンジニアが読んで分かる言葉で書く。専門用語はその場でひらく。
- 載せないものを決める。コマンド、フォルダの場所、内部の管理番号、 「終了コード0」のような機械向けの表示は投稿しない。
- 1つの作業につき投稿は1本。途中経過を実況しない。
あわせて、正常なときは黙ることも決めてください。 「正常に完了しました」が毎日何十本も流れると、本当に困ったときの1本が埋もれます。
よくある落とし穴
逆に、通知を減らしすぎると今度は「止まったことに誰も気づかない」状態になります。 当社では、バックアップが22日間止まっていたのに誰も気づかなかったことがありました。 減らすのは「正常の報告」だけ。止まったことは必ず、直るまで鳴らし続ける—— この2つはセットで決めてください。
6勝手にやらせないことを決める
ここは、作りながら決めるのではなく先に決める部分です。 AIは指示されれば実行できてしまうので、「やらせない」を人間側が用意しておく必要があります。
当社では、次の5つに当てはまることは、AIが自分で実行せず、必ず人の承認を取ります。
- 削除。商品・注文・データを消すこと。
- お金。支払い、価格の変更、広告費に関わること。
- 社外。お客様・取引先へ出るもの(メール、モールへの掲載、SNS投稿)。
- 方針。やり方そのものを変えること。
- 仕組み。いま動いている自動処理を止めたり書き換えたりすること。
そのうえで、承認のお願いの書き方も決めます。 「対象は何か」「何はやらないか」「元に戻せるか」の3点が書かれていない依頼は、承認しない。 これを決めておくと、判断する側が毎回考えなくて済みます。
やること
- 上の5領域を紙に書き、全担当に読ませる。迷ったら「承認が要る側」に倒すと決める
- 承認のお願いは1件1本にする。同じ件で2本立てさせない
- 「承認」とだけ返信してもらう形にする。言葉の一部が入っているだけで承認と読ませない
- 毎晩バックアップを取る。消せない仕組みより、戻せる仕組みのほうが確実です
- 承認待ちが溜まったら定期的に片づける。1週間返事が無いものは理由を付けて取り下げる
実際にあったこと
「承認」という言葉が文中に含まれているだけで承認と判断してしまい、 あやうく伝票を二重に印刷しかけたことがあります。訂正が混ざった返信も同じ危険があります。 いまは「承認」とだけ返ってきた場合しか承認と見なしません。 AIに気を利かせて読み取らせるほど、事故は増えます。
7人が呼ばなくても動くようにする
ここまでできると、「話しかければ働く同僚」が完成します。 最後のステップは、話しかけなくても働く状態にすることです。 効果が数字で出はじめるのは、たいていここからです。
毎朝の受注取り込み、毎晩のバックアップ、毎週の点検、月初の集計。 決まった時間に決まった仕事をするものは、パソコンの標準機能(タスクスケジューラ)で自動的に動かせます。 当社ではこの形で動いているものが約60本あります。
ただし、ここで必ず必要になるものが1つあります。「動いたかどうかを、別の場所から確かめる仕組み」です。
自動で動くものは、止まったときに自分では知らせてくれません。 止まっているのですから、通知を出す部分も一緒に止まっています。 「エラーが来ていないから大丈夫」は、いちばん危ない思い込みです。
なので、Aが動いたかをBが数え、Bが動いたかをCが見る、という形にします。 当社では、毎朝の自動処理が起動したかを別の処理が外から数え、 その結果を、正常な日でも1本だけ報告させています。 正常な報告が来なくなったこと自体が、異常のサインになるという作りです。
やること
- 毎日・毎週の決まった仕事を洗い出し、時間を決めて自動実行に載せる
- その処理が起動したかを、別の処理から数える
- 毎日でないものは、実行ログではなく「残したファイルの日付」で生死を見る
- APIキーやパスワードの期限を一覧にして、切れる前に知らせる
- いまの構成(動いている処理の一覧)を毎日記録し、昨日と変わったら知らせる。 とくに「減った」変更は必ず人が確認する
当社が実際に踏んだ失敗
ここまでの内容は、きれいに設計してできたものではありません。 ほとんどが、事故のあとに足したものです。同じ穴を踏まないよう、5つだけ共有します。
1止まったことに22日間気づかなかった
バックアップが止まっていましたが、エラー通知が来ないので誰も気づきませんでした。 「エラーが来ない=正常」ではありません。 いまは、成果物のファイルが更新されているかを別の処理が見ています。
2ノートが太りすぎて、途中までしか読まれていなかった
学習ノートは足すだけなので、放っておくと必ず限界を超えます。超えると AIは黙って途中で読むのをやめます。エラーは出ません。 いまは読ませる量を毎回測り、超えそうになったら古い分を自動で別ファイルへ移しています。
3「承認」と読める言葉で、勝手に実行されかけた
言葉の一部が入っているだけで承認と判断していました。 いまは「承認」とだけ返信された場合しか承認としません。
4ルールを書いた紙が、呼び出し方によっては届いていなかった
報告の型やお客様情報の扱いを紙に書いていたのに、 ある呼び出し方をしたときだけ、その紙が読まれていませんでした。 ルールは「書いたか」ではなく「どの入り口から呼んでも届くか」で確認してください。 当社はいまもここが宿題として残っています。
5担当を増やしたのに、既存の担当が知らなかった
新しい担当を作ったあと、既存9名の同僚一覧を更新し忘れ、3週間ほど新人が誰からも認識されていませんでした。 いまは名簿を1か所に持ち、全員の紙に載っているかを機械が毎回照合しています。
自己点検リスト(7分野45項目)
最後に、いま自社がどこまでできているかを確かめるための一覧です。 当社の構成を、あとから項目に分解して整理し直したものなので、 そのまま「これから作るものの一覧」としても使えます。
各項目に付いている必須・推奨・発展は、そのまま着手する順番です。 まず必須の10項目だけを埋めてください。それだけでも、AIは十分に同僚として働きはじめます。
各項目は「無い/人がやっている/型はある/仕組みになっている」の4段階で見ると、 自社の現在地がはっきりします。「型はある」と「仕組みになっている」の差は、 担当者が誰であっても同じ結果になるかどうかです。 紙に書いてあるだけで、守ったかどうかを誰も確かめていないものは「型はある」に留まります。 当社も45項目のうち17項目が、まだこの段階です。
どこから手を付けるか
全部を一度にやろうとすると必ず止まります。順番はこうしてください。
- 1週目:部屋と人をつくる。チャンネルを分け、担当に名前と顔を付け、 「これは自分の仕事ではない」を書く。ここまではSlackの操作だけでできます。
- 2〜3週目:紙を書く。会社の前提3枚と、いちばん困っている業務1つぶんのマニュアル。 全担当ぶんは要りません。1担当だけ作って動かしてみるのが近道です。
- 4週目:やらせないことを決める。承認が要る5領域と、毎晩のバックアップ。 自動化を広げる前に、ここを先に置きます。
- 2か月目:呼ばれたら動くようにする。ここからシステム担当や外部の開発者の出番です。 条件はステップ3の4項目をそのまま渡してください。
- 3か月目以降:自動実行と見張り。毎朝の処理を時間で動かし、 動いたかを別の処理から数える。ここまで来ると、人の作業が目に見えて減ります。
いちばんよくある失敗は、ステップ3(自動で動かす仕組み)から始めてしまうことです。
部屋も紙も無いまま自動化すると、間違った仕事が高速で回るだけになります。
最後に
ここに書いたことのうち、技術が必要なのはステップ3と7だけです。 残りは全部、「自分たちの仕事を言葉にする」作業でした。
そして実際にやってみると、時間がかかるのも効果が出るのもその部分です。 チャンネルを分ける作業をしていると、そもそも誰の仕事か曖昧だった業務が見つかります。 マニュアルを書こうとすると、ベテランの頭の中にしかなかった判断基準が言葉になります。 承認が要ることを決めようとすると、いままで誰の承認も取らずに動いていたことに気づきます。
AIエージェントを作る作業は、AIの導入というより、 自社の仕事を、他人に引き継げる形に書き直す作業です。 そしてその成果物は、AIを使わなくなっても会社に残ります。
このページは、当社で2026年8月に行った棚卸し(7分野45項目)をもとに、 社内の固有の事情を外して書き直したものです。
前編(考え方編)を読む そもそもなぜ「報告を受ける場所」が要るのか、報告先としてSlackを選んだ理由、 運用して初めて分かった落とし穴は、〈考え方編〉に書いています。
この記事は、いまのあなたに合っていましたか
ボタンについては、お名前を取っていません。同じ方が二重に数えられないようにするためだけに記録が残ります。